【カンボジア】アンコールワットと地雷博物館を自転車で回る!

カンボジア
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シェムリアップの一番の観光スポット、アンコールワット遺跡群。

バイクで回る予定が予想外のことがあり、結局マウンテンバイクをレンタルしてアンコール遺跡群の小回りコースで回りました。アンコール遺跡群の後は地雷博物館へ行きました。

結論から言うと、

アンコールワット遺跡群はとにかく広い!
●マウンテンバイクでのアンコールワット観光はオススメしない。

●地雷博物館が強烈すぎて、アンコールワットの印象が薄れてしまった。

ということです。

アンコールワット観光と地雷博物館についてまとめていますが、長くなっているので地雷博物館の部分だけでも読んでいただければ嬉しいです。

【場所】シェムリアップ

【気温】最高37度 最低27度

【通貨】カンボジア国内は主にドル通貨を使用。
1$=111円 1$=4000リエル(殆ど固定レート)

バイクではなくマウンテンバイクになった経緯

シェムリアップからアンコールワット遺跡までは6.6km。ただ、地雷博物館までは28kmの距離があります。

トゥクトゥクでシェアすることも可能ですが、アンコールワットの更に奥地にある、地雷博物館を絶対に訪れたかった私。個人でバイクをレンタルすることにしました。

アンコールワットを朝日と共に見たかったので、夜借りて翌日夜に返すプラン。24時間レンタルでレンタル代10$です。

赤色のスクーターです。

それを宿まで乗って帰って、翌日朝日を見るため朝5時前に出発。というプランでした。

そして、夜だからと思って念のため鍵穴をロックします。

今まで何回もバイクをレンタルしていて、今回初めて鍵穴を閉じました。今思えば、なぜ今回だけロックしたのでしょうか。これが不幸の始まり。

翌朝5時前に起きて鍵穴を開けようとしたら、開かない・・・!

6角形の部分に鍵の一部を差して回すのですが、その部分が使いすぎにより消耗していて、六角形ではなく殆ど丸。つまり鍵穴にあわないから回らない!

・・・ということはバイクに乗れない!アンコールワットに行けない!

諦めて部屋に戻って寝ました。

 

朝、バイク屋に行き、今日はもう要らないから明日1日レンタルさせてほしい、とお願いに。

すると6$払えと。交渉して4$に。既にお金を払っているし、バイク屋の不手際だから無料にしてほしいとお願いしてもNo。

余分にお金を払いたくないのでバイクを諦め、マウンテンバイクを無料で借りることで落ち着きました。

人生初のマウンテンバイクです。



アンコールワット観光

➊1日37$の入場券

アンコールワット遺跡群を観光するためにはアンコールパスという共通入場券を購入する必要があります。

アンコールパス料金表
1日券:37$
3日券:62$
7日券:72$

私は1日券を購入。高額ですね。

実際には1日遺跡を見て回るだけで、十分お腹いっぱいになりました。

チケット売り場。アンコールワット遺跡のチケット売り場は遺跡群から少し離れているのでご注意ください。

➋一番の名所、アンコールワット遺跡へ

初めて乗るマウンテンバイク。

四苦八苦しながらアンコールワットへ向かいます。

朝日待ちの観光客。残念ながら朝日は雲に隠れて綺麗には見えませんでした。

中心部へ入っていきます。

第三回廊の登り階段。急勾配です。

特に神聖な場所であり、また急な階段で危険を伴うため11歳以下、妊婦などには入場制限があります。

第三回廊の上から西側を見下ろす景色。

この景色は当時、王しか見ることが出来なかったそうです。

西門への帰り道。600m続く参道。

道端には猿がいました。

❸壁画と四面塔に圧倒されるバイヨン寺院

アンコールワットから半世紀遅れて造られた王都、アンコールトム(=「大きな都」)へ向かいます。

このアンコールトムもまた大きい!周囲12kmの城壁に囲まれています。

アンコールトムで一番有名なバイヨン寺院へ。

バイヨン寺院は、穏やかな微笑みの菩薩の四面塔が有名です。

この四面塔、敷地内に乱立しています。沢山の菩薩と沢山の観光客・・・。

回廊の絵巻は圧巻!

決戦前夜のクメール人の行進が描かれています。上段の水牛は生贄です。水牛の血の入った酒を飲むと戦いに勝てると信じられていたんだとか。

バイヨン寺院以外にもアンコールトム内には多数の遺跡があります。

小回りコースではアンコールトムを東に抜けます。木々に囲まれた道は気持ちが良いです。

(このあたりからマウンテンバイクを選んだことを少し後悔し始めます・・・。)

勝利の門を通って、次の目的地はタ・ケウ寺院です。

❹未完成の遺跡・タ・ケウ寺院

タ・ケウ寺院は11世紀に造営が始められたものの、王の死によって建設が中止された寺院です。当時は石を積み上げて壁に彫刻が施されていたので、このタケウ寺院には壁面彫刻がほとんどありません。

この寺院も急こう配の階段を上ります。

中央祠堂には比較的新しい仏像が祀られています。

なかなか良い景色。ここで一息休憩です。

 

❺神秘的な雰囲気の残るタプローム寺院

タケウ寺院からさらに進んでタプローム寺院へ。

もとは仏教寺院だったものが、後にヒンドゥー教寺院に改造され、増築も繰り返されたために内部が、迷路のようになっています。

遺跡の崩壊が少し、ベンメリア寺院を彷彿とさせます。

樹木に囲まれ、全体的に神秘的な雰囲気の残る寺院です。

 

ちなみに、敷地内の道路脇では地雷被害者の方が伝統音楽を奏でていました。

僅かながら寄付しました。

先に中国人の方も寄付していたのですが、入っていたのが人民元紙幣。そういえば、ミャンマー・マンダレーの托鉢の際も、人民元紙幣のお布施を複数見かけました。現地通貨の方が便利だろうにと、少し不思議に感じました。

 

朝日の時間帯から観光しているので、遺跡にはもう満足。お腹いっぱいです。

アンコールワット遺跡観光を終えて地雷博物館へ向かいます。

 



一番訪れる価値のあると感じた、アキラ地雷博物館

正直カンボジアを訪れるまでこの国のイメージは地雷とアンコールワット。なぜ膨大な数の地雷が埋められているのか、なぜカンボジアが貧しいのか、恥ずかしながらカンボジアを訪れるまでは殆ど知りませんでした。

カンボジアの地雷問題とポルポト政権による大虐殺、カンボジアの内戦は切っても切り離せません。

この地雷博物館を訪れる前に少しネットで勉強はしましたが、実際に訪れてボランティアガイドの話を聞くと衝撃的な話の連発。

この地雷博物館の印象が強すぎて、アンコールワットへの感動がかなり薄れてしまいました。それほど、訪れる価値のある場所でした。

個人的にシェムリアップの地雷博物館プノンペンのトゥールスレン虐殺博物館(S21)キリングフィールドの3つは、戦争の悲惨さを学び、過去の過ちを繰り返さないためにもカンボジアでぜひ訪れてほしい場所です。

 

タプロームから地雷博物館までは17kmの道のり。途中であまりの遠さに絶望しながらも、意地で自転車をこぎ進めました。

交通量は多くないですが、舗装された道です。

カンボジア地雷博物館に到着。通称アキラ地雷博物館

入口の両脇には、米軍がカンボジア爆撃の際に使用した本物の爆弾。

ここが入場券売り場。思わず見落としてしまう存在感のなさでした。入場料5$

左に写っている方が日本人ボランティアガイドの川広さん。7年間、このアキラ博物館でボランティアされているそうです。

ガイドしている曜日は基本的に月火木金の週4日ただ予約があればそれ以外の曜日もガイドをしていただけるそうです。地雷博物館に行かれる際はガイドをお願いすることを強くオススメします!必ず価値ある有意義な時間になります。

ガイドがいない日や他の国の方向けに、ガイドブックとしてファイルが置かれています。音声ガイド(日本語・英語)もあります。

 

(鍵のトラブルから原付を返却して翌日マウンテンバイクで回ったことを、少し後悔していました。ただ、このボランティアガイドの方、「昨日まではガイドをお休みしていて、3日ぶりに来ました」とのこと。前日に訪れていたらこのガイドの方に出会えなかったので、結果的に良かったです。)

アキラ氏について

カンボジア人で地雷除去活動家。

アキラ氏の少年時代はクメールルージュ(ポルポト政権)がカンボジアを支配している時代。5歳に両親をクメールルージュに殺され、「こどもグループ」で少年兵になるため地雷を埋め方や銃の扱い方の訓練を行います。

13歳でベトナム軍に捕まり、生死の選択を迫られベトナム兵としてクメールルージュと戦うことを決心。

20歳(1993年)から国の平和のため地雷撤去作業をはじめ、地雷を埋めたことに対する自責の念から、生涯を地雷撤去に捧げることを決意。そして、自費で前地雷博物館を設立しました。(その後現在の場所に移転。)

 

10代の10年間を戦場で生き、大勢の人を傷つけ苦しめたことに対する償いの思いから、地雷撤去活動、地雷博物館の運営、戦争孤児など多くの子供の養育などを行っている使命感の強い方です。日本でも何回か講演をされています。

 博物館の見学

ガイドの川広さんが最初から丁寧に説明してくださりました。地雷についてだけでなく、ポルポト政権についても詳しく説明してもらえます。

ポルポト政権はカンボジア内戦終結から力を付けた勢力で、全国民が農業に従事し、学校教育や通貨を廃止する極端な原始共産主義を掲げました。そして政権トップ以外の知識人(教師・医師・学者など)や知識人と思われるメガネを付けた人の多くを虐殺

一説では1979年までの僅か4年で国民800万人のうち約300万人が虐殺されたといわれ、恐ろしい歴史です。

カンボジアの地雷は主に、そのポルポト軍や、ベトナム軍、カンボジア政府軍などにより埋められました。

↑現在、特にタイとの国境付近に多くの地雷が残されています。

↑2017年時点での世界各地の地雷の実態。カンボジア以外にも多くの国で地雷が埋められているんですね。

↑地雷による被害者の数。2018年は11月までで54人。地雷撤去活動や子供への教育のお陰で年々減少傾向ですが、被害者はまだまだ数多くいます。

カンボジア国内にはまだ300万個の地雷が埋まっていると言われ、完全に撤去するには数十年・数百年という年月が掛かります。

実際にアキラ氏が撤去した地雷。

地雷は殺戮を目的としておらず、「負傷させるだけ、殺さないこと」を目的としています。殺してしまうよりも負傷させる方が救護や搬送・治療など敵の兵力を奪うことに繋がるから。

地雷は中国製やアメリカ製、ロシア製など・・・。とても安価で1個3$程度で製造可能なため大量に生産・使用されました。その残虐性・残存性(半永久的)・無差別性から「悪魔の兵器」と呼ばれています。

つくるのはたったの3$ですが、大量に埋められた地雷の撤去には何倍もの労力・時間が必要です。その非人道性から対人地雷禁止条約には世界の8割の国が参加していますが、アメリカやロシア・中国などの大国はいまだに参加していません。

サイズの大きい、対戦車用地雷もあります。

1985年。本当につい最近ですよね。

このアンコールワット遺跡群の中も戦車が走っていました。

地雷撤去するアキラ氏。20歳から35歳までの15年間で撤去した地雷、不発弾の数は5万個を超えるそうです。

↑地雷がある可能性のある場所の目印、ドクロマーク。これは世界共通です。

 

地雷博物館は本当に勉強になる場所でした。今まで見た博物館の中で一番印象に残っています。ここでは書ききれないので、実際に訪れてガイドさんの話を聞くのが一番だと思います。

シェムリアップ市内からは遠いので、訪れる観光客はまだ少ないです。観光客の方全員に訪れてほしい場所に感じました。

地雷博物館
場所:GWQW+R8 Phumi Khna, カンボジア
入場料:5$(無料ガイド)
営業時間:7:30~17:30
電話番号:(+855)(0)97-313-9229   (+855)(0)97-346-2363(川広)

 

 

そして地雷博物館の見学を終えた後は、再びマウンテンバイクでシェムリアップ市内へ。

途中スコールに遭い、カンボジア人家族に雨宿りをさせてもらいつつ、なんとか宿に帰りました。

スコールは1時間半くらい。最初このビニール屋根の下で雨宿りをしていたけど、全く止む気配がないので、カンボジア人のお母さんが家の1階に入れてくれました。

家族皆、クメール語しか話さないから身振り手振りでしか意思疎通ができなかったけど、凄く親切にしていただきました。

 

本日の総走行距離約55km!慣れない人がマウンテンバイクに乗るべきではないと学びました。足も疲れるけど、それ以上に硬いサドルでお尻が痛くなります。私はもう絶対に乗りたくないです。

次回どこかで借りるとしたら原付またはギア付き自転車にします。(プノンペンでは普通のギア付自転車に乗りましたが、そちらの方が圧倒的に楽でした・・・。)

 

本日も最後までお読みいただきありがとうございました。

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